大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)2387号 決定 1968年11月15日

申請人

伴啓吾

外三名

代理人

山根晃

外一名

被申請人

住友海上火災保険株式会社

右代表者

溝口周次

代理人

渡辺修

吉沢貞男

主文

(一)  被申請人は、申請人四名をその従業員として取り扱え。

(二)  被申請人は、昭和四三年一〇月一八日から本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り、

(イ)  申請人伴啓吾に対して

金五二、五六〇円

(ロ)  申請人藤井浩に対して

金七四、〇〇〇円

(ハ)  申請人小竹敏雄に対して

金五四、〇九〇円

(ニ)  申請人浅井詔三に対して

金三九、四七〇円

あてをそれぞれ支払え。

理由

申請人等は、主文同旨の裁判を求め、被申請人は、申請却下の裁判を求めた。一件記録によると、一応次の事実が疎明される。

被申請人会社は、海上・火災・運送・自動車等に関する各種損害保険及びこれらに対する再保険事業を営む株式会社である。

全日本損害保険労働組合(以下「全損保」という。)は、全国の損害保険事業等に従事する労働者が加入して組織している労働組合であり、組合規約によれば、個人加入を原則とするけれども、団体加入も許されると共に、個人脱退ないし支部脱退(団体脱退)も認められている。もつとも団体加入の場合も団体自体が組合員となるのではなく、団体に属する各個人が組合員となるのであつて、組合員証も各個人に交付されるものである。

全損保住友海上支部(以下「支部組合」という。)は、被申請人会社に雇傭されている従業員をもつて組織されていた大阪住友海上社員組合が、昭和二四年一一月三日に解散すると共にその組合員全員が全損保に一括加入し、同月五日全損保の一支部となつたものであり、支部規約を設け、執行機関として支部執行委員会を置き、代表者として執行委員長を定め、且つ労働組合として登記を経由した法人格を持つ独立した一個の労働組合でもある。

被申請人会社と支部組合との間には、昭和二五年一〇月一日労働協約が締結され、その第七条によれば、「従業員は左の各号の一に該当する者を除きこの組合の組合員でなければならない。同時に組合員は、この会社の従業員でなければならない。」と規定され、さらに第八条で、「会社は、組合から除名されたものを解雇する。但し、会社は解雇に関し意見のあるときは、組合と協議する、」と定められており、いわゆるユニオン・ショップ条項が存在する。そして第七三条によれば、「この協約は、締結の日から向う一ケ年間有効とする。前項の期間満了の一ケ月前までに改廃の意思表示のないときは、更に一ケ年間有効とする。爾後これに準ずる。」と定め、協約の自動延長条項が存在する。右昭和二五年の労働協約は自動的に延長され、昭和三二年九月一日一部改正を受けたが、第七条中見習員に関する規定が入り、第七三条が第七四条と繰り下つた外は、ショップ条項及び自動延長条項は変更されていない。

申請人藤井及び同小竹は、いずれも昭和三〇年四月一日、同伴は昭和三一年四月一日、同浅井は、昭和三六年四月一日被申請人会社に入社した者で、その各雇傭契約書には「会社は本人を雇傭し、労働協約、就業規則及びその他の諸規則に従つて取り扱う。本人は就業規則その他の諸規則を遵守し誠実に職務を遂行する。」と印刷されており、本件解雇当時における一ケ月の給料は、申請人伴が金五二、五六〇円、同藤井が金七四、〇〇〇円、同小竹が金五四、〇九〇円、同浅井が金三九、四七〇円となつていて、毎月二〇日払の定めとなつていた。

昭和四一年一二月九、一〇日支部規約に定める手続に従つて開催された支部組合の第五二回臨時大会において、支部組合が全損保から脱退する旨の決議がなされると同時に、その名を住友海上火災保険労働組合(以下「住友労組」という。)と変更し、全損保に支部脱退届を提出して、支部組合当時の組合員約二、四〇〇名が全損保を離脱するに至つた。ところが、脱退に反対した申請人等を含む五三名(内一名死亡)は、その直後から、脱退決議は全損保に残留する意思を有する者に対しては効力が及ばないなどと主張して、支部組合及び全損保に対し飽くまで全損保に残ることを言明し、自分達が全損保住友支部の主流であると称して、全損保の指導のもとに、住友労組とは別個の活動を開始するに至つた。

住友労組と被申請人会社は、昭和四一年一二月一二日昭和三二年の労働協約中全損保住友支部とある箇所を住友労組と読み替えることにし、昭和四二年九月一日には、昭和三二年の協約中全損保とか住友支部とかある部分を書き改めたりして全面的に改定したが、ショップ条項は従前と全く同様であり、自動延長条項は、旧第七四条が第七三条と繰り上つただけに過ぎなかつた。

住友労組は、申請人等の行動が分派活動で組合の統制をみだすものであるとして、昭和四三年二月八日開催の第五五回組合大会において申請人等四名を組合から除名する旨の決議を行ない、同年四月三〇日被申請人会社に対してショップ条項に基づく解雇の要請をしたので、被申請人会社は、同年一〇月一六日申請人等に対して解雇する旨の意思を表示し、その意思表示は当日申請人等に到達した。

右認定を左右するに足りる疎明はない。

とすると、支部組合は、一応全損保の下部組織として全損保の統制下におかれてはいたけれども、一面全損保とは別個の独立した法人格を有する労働組合であり、申請人等は支部組合の組合員であると同時に、全損保の組合員でもあるという二重の組合員資格を帯有していたものであるといわなければならない。このように組合員が二重の組合員資格を有するときに、支部組合が本部組合から団体で脱退する旨の決議をした場合、支部組合員は一応その決議に従うべき義務を負担するに至り、脱退手続の完了によつて脱退賛成者については当然に本部組合からの離脱の効果が発生すると共に、脱退反対者がその義務に違反して脱退をしないことが支部組合の統制違反の問題となることは勿論であるけれども、本部組合からの脱退は飽くまで当該組合員の自由に属するものであるというべきであるから、支部組合の組合員全員を引きさらつて、脱退反対者に対してまで常に絶対的に脱退の効果を及ぼし得るものとは解することができない。従つて、脱退決議の当初から支部組合に対して全損保よりの脱退に反対し、全損保に対しては全損保に残ることを言明して来た申請人等は、今なお依然として全損保の組合員としての資格を保有しているものと見るべきである。

ところで、支部組合が全損保から脱退する旨の決議を行い、申請人等僅か五二名を残し、約二、四〇〇名にのぼる大半の組合員が全損保から離脱したものであることは前記認定のとおりであるが、申請人等は、その脱退決議の無効であることについて必ずしも疎明しないところであるから、右決議によつて支部組合は現在住友労組となつて存続しているものであり、支部組合と住友労組とは同一性のある労働組合であると見るのが相当である。そして被申請人会社との間に締結されている労働協約が消滅して現在は存在していないと認めるに足りる疎明はなく、却つて前認定のような事実関係の下においては、ユニオン・ショップ条項は被申請人会社と住友労組との間で昭和二五年以来今日まで一貫して有効に存続しているものであつて、一応は、申請人等もその適用を受ける範囲に属するものであるといわざるを得ない。

住友労組は、昭和四三年二月八日申請人等四名を除名する旨の決議をした訳であるが、なる程、申請人等が住友労組に対して明示の脱退の意思表示をしたと肯認し得る疎明はないけれども、前認定のように、申請人等は、脱退決議のあつた後は全損保住友支部と称して、住友労組とは別個にこれと対立する組合活動を活発に行い、除名決議があるまで約一年数ケ月を経過していたことに徴すれば、少くとも除名決議のあつた時期までには、住友労組から脱退する旨の暗黙の意思表示がなされ、その意思表示によつて住友労組からの脱退の効果が発生し、除名当時、申請人等は、既に住友労組の組合員ではなくなつていたものと見るのが相当である。そうすると、住友労組のなした申請人等に対する除名処分は、既にその所属組合員ではなく、しかも全損保という他の組合の組合員である者(全損保の規約によると、原則として八〇名の組合員があれば支部を結成することができることになつているので、申請人等が一個の独立した支部としての労働組合に結集しているかどうかは判然としないけれども、ともかく全損保というれつきとした労働組合の組合員であることには変りがない。)に対してなされたものであるから厳密な意味における除名処分としては効力がなく、単に住友労組より離脱していることを確認する効果が生じたに過ぎないものといわなければならない。そして被申請人会社と支部組合間に締結された労働協約には、前認定のように、除名された者を会社が解雇する旨を定めているに止まり、除名によらずに組合を離脱した者を解雇する旨の明文の規定は存しないのであるから、右述のように住友労組から脱退していると見られた申請人等を、このショップ条項によつて解雇するのは許されないのではないかという疑も生ずる。だが、協約に、被申請人会社の従業員は支部組合の組合員でなければならないと明定しているところからすると、組合から除名された者を解雇する旨の規定は単なる例示に過ぎず、その本来の趣旨は、除名脱退を問わず、いやしくも組合員となるべき者が組合を離脱した場合には、全て解雇する趣旨のものであつたと読むべきである。

ところで、ショップ条項というものは、本来、両者間に全く関係のない従業員としての地位と組合員としての地位との間に、一定の関係を設定することによつて労働組合の結合を強固ならしめようとする目的で締結される組合と使用者間の約束であるから、この条項の存在は、使用者が組合に対して右条項に定める債務を負担するだけの意味を持つに過ぎず、使用者と従業員との労働契約は、この条項が締結されたことだけでは、何等の影響を受けるものではない。使用者と従業員との関係は当該労働契約の内容によつてのみ規制されるもの、換言すれば、ショップ協定の効力は、債務的な効力を有するけれども、規範的な効力は有しないものということができる。従つて、ショップ協定によつて従業員を解雇し得るためには、使用者は予め従業員との間の個別的労働契約において、「当該従業員は特定の組合に加入するものとし、若しその組合に加入せず、又は加入してもこれを離脱した場合は解雇処分を受ける。」旨の特約の存在を必要とするものと解するのが相当である。このような特約を結ぶことは、法律上も許容されるものであつて、文書によつても口頭によつてもすることが可能であり、その形式を問わないが、ショップ条項による解雇というような労働者にとつて極めて重要な雇傭条件は、書面上明示するのが望ましいものであることは論をまたないところである(就業規則上解雇事由の一つとしてショップ条項によつて解雇する旨が定められているときは、個々の労働契約中に右の特約がなされていると見得る場合が多いであろう。)。それ故、ショップ協定によつて解雇できる旨の特約が雇傭契約の内容となつていない限り、非組合員や他の組合員はもとより、当該組合の組合員に対してもショップ協定に基づく解雇処分をなし得ないものといわなければならない。

進んで、本件において申請人等と被申請人会社との間の個別的労働契約中に解雇について、右のような内容の特約があつたかどうかについて考察するに、協約第七条で、一定範囲のものを除いて従業員は支部組合の組合員であることを要し、同時にこの組合員は被申請人会社の従業員でなければならないとすると共に、同第八条で、会社は組合から除名された者を解雇することとなっていることは前認定のとおりであり、さらに右第七、八条を承けて、同第二五条では、会社は従業員を解雇する場合等には組合と協議するものとし、第三二条で、第二五条の解雇の場合とは次の各号をいう。として解雇の事由を列挙し、その第三号で「第八条(組合から除名された者の取扱)によつて解雇される場合」と規定されていることが充分疎明されるものであるところ、なる程、被申請人会社の就業規則上は、解雇事由としてショップ協定による解雇に関する規定は見当らないけれども、前認定のように、雇傭契約書上「会社は本人を雇傭し、労働協約、就業規則その他の諸規則に従つて取り扱う。」旨が明示されているものである以上、申請人等各人に対する関係においても、個々的にショップ条項に基づく解雇の特約が成立していると認めるのが相当である。

そこで、ショップ条項による申請人等の解雇が有効であるかどうかについて検討する。

前判示のように、本件ショップ条項は昭和二五年以来現在まで有効に存続しておつて、申請人等もその適用を受ける範囲に属する者であると共に、申請人等の個別的労働契約の中にもショップ条項による解雇の特約が存在するものということができるけれども、ショップ条項を持つ本件労働協約は、支部組合が全損保の統制下にあつた昭和二五年一〇月一日、全損保の指導の下に初めて締結されたものであり、当時支部組合の組合員は、全員全損保の組合員であつて、本件ショップ協定は支部組合の団結を保護すると共に全損保自体の団結を保護する作用をも営んでいたものであるから、全損保に所属する組合員を本件のショップ条項によつて解雇することは、全然予想していなかつたところであり、本件ショップ条項の趣旨に反するものというべきところ、本件紛争は支部組合の全損保よりの脱退さわぎの中で発生したものであつて、前記認定のとおり住友労組が支部組合と同一性を有するということはできても、申請人等は、今なお引続いて全損保の組合員としての資格を有しているものであつて見れば、以上のような事情を充分了知している筈の被申請人会社が、全損保の組合員である従業員を解雇するために、全損保の一支部の締結したショップ協定を適用することは、本件ショップ条項の本来の趣旨に反し、その目的を逸脱して、申請人等全損保組合員の従業員たる地位を住友労組と被申請人会社との恣意に委ねることになり、正常なる労使の慣行を蹂躪するものとして、信義則上到底許されないものといわなければならない(論者或いは、憲法第二八条は、いやしくも労働者の団体が存在する以上、その少数多数に拘らず、その全ての団体に対して平等に団結権を保障しているものであるという理由で、いやしくも現に労働組合に組織されている者に対しては、ショップ協定による解雇は許されない、と主張する。なる程、一つの組合の締結したショップ協定によつて他の組合の組合員の解雇を許すことは、他の組合にとつては、憲法の保障する団結権を侵害することとなるのであるからこのような形の解雇が憲法に違反する無効のものであるとすることは、極めて単純明快な論理であつて、一面の真理を含んでいることは否定することができない。しかしながら、この理論を押し進めて行くと、併存する組合の一方が使用者と締結したショップ協定を、その協定の締結前から存在する他の組合に適用することは、不当であるとすることは肯けるにしても、一つの組合がショップ協定を有するときに、当該組合から離脱した者で組織する組合ができた場合には、その新たな組合が如何に小さなものであつても、もはやショップ協定を適用することはできないということとなつて、結局のところ、労働運動の永い歴史の所産であるショップ協定自身の有効性を否認することにつながり、果ては、労働組合法第七条第一号但書の規定さえ憲法に違反する疑があると云わざるを得ない契機を含むものであつて見れば、安易に憲法違反の概念を持ち出して、ショップ協定による解雇の効力を無効視しようとする立場に対しては、当裁判所のにわかに左袒できないところである。元来、ショップ協定による組織強制手段は、特定組合の保護ないし団結の強化を目的とし、そのためには、非組合員の存在及び他の組合の存立を許すまいとするものであるから、当該組合の積極的団結権を保護する結果として、当然に非組合員の組合に加入しない自由又は組合員の組合からの脱退の自由即ち消極的団結権を侵害する効果、ひいては、非組合員や脱退者が他の組合を組織するための積極的団結権を侵す作用を営むものではあるけれども、消極的団結権の侵害又は他の組合の積極的団結権の侵害はショップ協定を締結した多数派組合の積極的団結権を保護することによつて生じた一種の反射効に過ぎないというべきである。それを消極的団結権ないし他の組合の積極的団結権を保護する必要があるという理由によつて、多数派組合のショップ協定の効力を否定し去ることは、却つて多数派組合の積極的団結権を侵害する結果となるのであつて、それは、憲法二八条、労働組合法第七条第一号但書において労働組合の団結権を保障した趣旨には遠く離れるものであるといわなければならない。それよりも、ショップ協定を適法なものとして承認する反面、その適用される範囲を、個々の労働契約の内容となつている場合のみに限定して不当なショップ協定の適用を排除すると共に、ショップ協定による解雇約款が個々の労働契約の内容となつている場合においても、ショップ条項を適用することが公序良俗に違反し、権利の濫用となり、或いは又信義誠実の原則に反するような場合等には、その解雇の効力を否定できるものとするのが相当である。)

果して、右に述べたとおりであるならば、被申請人会社が申請人等四名に対してなしたショップ条項に基づく本件解雇は、ショップ条項を適用できない場合にこれを適用したものであつて、結局何等の理由のない解雇権の行使に外ならないから、解雇権の濫用としてその効力を生じないものと解すべきである。

従つて、申請人等は、今なお被申請人会社の従業員であり、昭和四三年一〇月一八日以降毎月二〇日限り主文掲記の各賃金の支払請求権を有することになる。

申請人等は被申請人会社からの賃金によつて生計を営んでいる労働者であるから、賃金の仮払を受ける必要性があることも明らかである。

よつて、申請人等の本件仮処分申請を相当と認めて主文のとおり決定する。

(西山要 岡垣学 吉永順作)

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